Sinatraのあらかると

記録することで、環境構築で悩まない。

思い出とはいかに。

 Rubyを書くようになってやっとJavaがわかるようになってきたので、個人データベースを作ってみた。そうやっていると、時間がかかる言語ほど愛着がわくものはないような気がしてくる。どうなんだろう、これはこれでいいのだろうか。Sunが好きで、Javaの検定資格に挑戦するも惨敗。結局わからないというレッテルを自分で貼って、Rubyに没頭していたそんな過去がある。しかし、今だから想うけど面白いな。JavaAndroidも。

 RubyでTcl/TKの記事を見て追記のコマンドが必要になるとか...うーん、いらないと想うけど。何かあれば、Macで開発していたころの私のブログに書かれているはずだし...そう想っているとRubyはプログラミング初心者も受け入れるような心の広い人の集まりであるのかもしれない。なんだか残念でもある。人に寄りけりな環境構築なので、いらない環境ではいらない。

 JavaJRubyを動かせるように、ブログに環境構築を書いた時期があった。それをもとに、JavaJRubyで処理を書いていると、明らかにここはJavaでこの辺はRubyのほうが楽だという点がでてくるので、かなりの便利さである。

Sunのころにもらったジャイロをまだ持っている。Sunのロゴが入っている。Oracleのログ入り何かがほしいな...、熟練したときにRubyのように、免状を持とうかな。夢や希望のお話。思い出は私的にはそうであって、客観的にはそうではない。だからこそ思い出は美しく過ぎゆく。すべての人生が華やいだ思い出であれば、現実が悲惨なものであろうと、生きている実感がわく。希望と夢をもち、果敢に挑戦していきたい。

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